おなじみ「かに道楽」商標権バトル勃発 「道頓堀のシンボル」の〝敵〟は愛知のかまぼこ…どっちに軍配?
2016/11/08 国際「かに道楽」と聞いて、何を連想するだろうか。もちろん浪速っ子なら「あれや」と即答するだろう。大阪・道頓堀のシンボルともいえる、巨大な動くカニ看板のことだ。だが、中部地方の人なら違うものを連想するかもしれない。愛知県の老舗練り物会社が販売しているかまぼこも、実は「かに道楽」という商品名なのだ。商標権はカニ料理専門店の「かに道楽」が保有しているため、同社は名称使用の差し止めを求めて大阪地裁に訴訟を起こした。しかし、江戸期創業の練り物会社も「うちの方が先に使っていた」と譲らない。商標権をめぐる争いの行方は-。
飲食店を超えた存在
すっかり秋めいた10月下旬の日曜日。大阪・道頓堀の「かに道楽道頓堀本店」前は、いつものように外国人観光客や家族連れらでごった返していた。
正面のカニ看板を撮影したり、カニの炭火焼きをほおばったり…。その存在は一飲食店の枠を完全に超え、名所・名跡とほとんど変わらない。「食いだおれの街」のシンボルとして、ランナーが両手を挙げたポーズでおなじみの江崎グリコの電光看板と双璧(そうへき)をなす。
店のホームページ(HP)や訴状によると、道頓堀にカニ料理専門店「かに道楽」の第1号店がオープンしたのは昭和37年のことだ。営業不振が続いていた前身の魚介料理店「千石船」で提供した「かにすき」が大ヒットしたのを機に、屋号を「かに道楽」に変更した。
「『かにで儲けさせてもらったから、かにで思いっきり、道楽をしてみたい』と捨て身の覚悟と無謀ともいえる熱意」(HP)を込めたという。
「かに道楽」に不穏な情報がもたらされたのは年明けのこと。愛知県豊橋市の練り物会社「ヤマサちくわ」が「かに道楽」という名称のかまぼこを販売しているというのだ。同社は江戸期の創業。約190年にわたり、ちくわなどを製造してきた老舗中の老舗だった。
「コラボ商品と混同される」
カニ料理専門店「かに道楽」は、昭和47年12月に名称の商標登録を出願、58年10月に登録されている。「かに道楽」側は書面でのやり取りで「今後、かに道楽の名前を使うのはやめてほしい」と要望したが、「かまぼこ・かに道楽」を販売している練り物会社側も先に使っていたのは自分たちだと譲らなかった。
このため、「かに道楽」は今年8月、提訴に踏み切った。
訴状によると、「かまぼこ・かに道楽」は、東海地方で販売されている冬季限定の商品。表記も読み方も同じため、「かに道楽」側は商標権を侵害していると主張している。
同社はカニ料理店経営のほかに「かに道楽」と銘打った商品の製造や、他社とのコラボ商品も売り出していることから「『かまぼこ・かに道楽』の販売は、消費者や事業者に原告の商品もしくは原告とのコラボ商品との混同を生じさせる」と訴えた。
また「『かに道楽』の著名性を考えると、被告に故意または過失があったことは確実だ」とし、名称使用に対して練り物会社から受け取るべき金額は「売上高の5%はくだらない」と指摘。かまぼこの販売価格600円(税抜き)の年間販売個数を約5千個と試算して、過去3年間の損害賠償45万円の支払いも請求した。
販売はかまぼこの方が先!?
一方の練り物会社は9月に大阪地裁で開かれた訴訟の第1回口頭弁論で請求棄却を求めた。大きな焦点として浮上したのが「かまぼこ・かに道楽」の販売開始時期だ。
訴訟記録によると、練り物会社が主張したのは昭和45年2月。「かに道楽」側が商標登録を出願したときよりも、2年も早いことになる。このため「商標法の先使用権を有する」と訴えたのだ。
先使用権とは、商標権者の商標出願前から、同じような商標を使用しているなどの要件を満たせば引き続きその商標を使うことが認められる権利だ。
練り物会社側は販売開始時期を裏付ける証拠として当時の社内報を提出。そこには「本場北海のタラバガニで新製品『カニ道楽』発売」という記事が掲載されていた。以下はその社内報の抜粋だ。
《かねがね製造部において鋭意開発中であった『カニ』入り新製品が、ついに2月15日より発売のはこびとなった》
《魚肉とタラバガニ、そして玉子の3つの原料を加工したもので、見た目にもゴージャス、今までの製品にないあざやかな配色である》
さらに「商品を販売する地域は東海4県(愛知、岐阜、三重、静岡)であるが、この地域で原告の商品が販売されているのをみたことはない」と主張した。
「周知性」が焦点
「先使用権をめぐる争いは少なくないが、単に先に使っていたというだけで認められるものではない」
先使用権が認められる要件のハードルについて、こう指摘するのは知的財産制度に詳しい大阪工業大学大学院の大塚理彦教授だ。
大塚教授によると、例えばA社が昔から使っているロゴマークを、B社が後から商標登録の出願をした場合、A社の先使用権が認められるためには、B社の出願時点で、すでにそのロゴがA社のものだとある程度広く知られていなければならないという。重要な要件として、「そこそこ有名だった」(大塚教授)という「周知性」が必要とされるわけだ。
これを今回の訴訟に当てはめると、「かまぼこ・かに道楽」の販売時期が昭和45年だったと仮定して先使用権が認定されるには、同47年に「かに道楽」側が商標登録の出願をした時点で「かまぼこ・かに道楽」がどこまで周知されていたかがポイントになる。
大塚教授は「過去の判例からみても、1つの県内だけでなく、隣接するいくつかの県にまたがって『大体知られている』ぐらいじゃないといけない」というが、果たして…。
カニ看板では過去に和解も
「かに道楽」では35年前にも、そっくりの動くカニ看板を使っていた飲食チェーンと法廷闘争に発展した経緯がある。
大阪地裁は昭和62年、「かに道楽」の看板は「大阪のシンボルとして知られ、客が混同する恐れがある」として飲食チェーン側に看板撤去や損害賠償の支払いを命じた。
控訴審の大阪高裁は和解を勧告。平成元年、飲食チェーン側が看板のカニを「かに道楽」と同じマツバガニではなく、タラバガニに変更することで和解が成立している。
今回問題となっているのは、あの看板ではなく「かに道楽」という名前そのもの。訴訟の行方に注目したい。
本文章は『産経WEST』から転載されたものです。