ハリウッドの新たな盗作問題-3Dプリンター
2015/07/21 国際4月に「スター・ウォーズ:フォースの覚醒」の予告編を見るとすぐ、ケン・ランドラムさんは自前のストームトルーパー(銀河帝国の機動歩兵)の銃を作り始めた。セントルイスの自宅で、彼は宣伝に登場した「ブラスター(宇宙銃)」の画像をかき集め、パソコン上のソフトウエアを使って40近い部品を設計し、3Dプリンターでウォルト・ディズニー社のプロップ(小道具)とそっくりなレプリカを組み立てた。
ランドラムさんは、「私の目標は、映画会社(ディズニー)よりもっと良いを作ることだ」と述べた。より良いかどうかはともかく、早かったのは確かだ。彼は3Dプリンターの愛好者向けのインターネットの掲示板に自分のデザインの写真を投稿した。映画のプレミアの約8カ月前、正式なディズニーの玩具が店頭に展示される5カ月前のことだった。映画の封切りが近づくにつれて、ファンたちは自分自身で銃をプリントするのに必要なファイルを求めてランドラムさんのメール受信箱に殺到した。彼は7月中旬の1週間で100以上を送付したと述べ、最近になって1ファイルにつき55ドル(約6800円)を徴収することに決めた。「あまりに多すぎて混乱してしまった」と彼は話した。
だが、ランドラムさんの趣味は、ハリウッドの映画業界の頭痛の種になろうとしている。デジタルな海賊行為はインターネット時代のメディア産業に大打撃を与えてきたが、3Dプリントによるものづくりが誰にでもできるようになってきたことは、そうしたデジタル海賊行為の亡霊が、今まで脅威にさらされないと考えられてきた物の販売にも差し迫っていることを意味する。
自作の消費者製品の新興市場が生まれたことは、映画業界がじきに法的な苦境に立たされる恐れがあることを意味する。音楽業界が2000年代初めに海賊行為に立ち向かったときと同類の苦境だ。現段階では、大半の3Dプリントに関わる問題は、設計図や製品を無料交換したいと思っている熱心なファンによるものだ。しかし、それも変わりつつある。3Dプリンターが増え、家庭のリビングが小さな工場に変わり、海賊サイトが、違法なコピー映画と並んで、3Dファイルを掲載するようになっている。
このほかにも影響が広がる可能性がある。正統な商品の価格を引き下げざるを得なくなることだ。3Dプリンターによって商品が市場にあふれればそうなるだろう。
海賊行為とデジタル流通について研究するウェルズリー大学のブレット・ダナハー教授(経済学)は、「わたしたちはかつてCDを買っていたが、それが物理的であるという事実は、そのCDに特定の著作権保護を付与していた。音楽がデジタル化されると、複製しても高音質な上、コストが不要のただの情報になった。3Dプリンターを使って製作された物でもこれと類似したものになると思う」と話す。
同教授は、この現象が起こるのが、エンターテインメントの分野にとどまらないだろうと付け加えた。例えば、自動車部品からコーヒーカップに至るまで、あらゆる物の分野に起こる可能性があるという。同教授は「それはオタクだけのものではなく、われわれの日常生活の一部になるだろう」と話した。
3Dプリントされた物のインターネット市場は、漫画のヒーローやおなじみのキャラクターがあふれるウォルマートの店内さながらだ。アニメ映画「シュレック」の像、映画「マレフィセント」でアンジェリーナ・ジョリーが頭にかぶっていたものに似せて作られた小道具、それに「スター・ウォーズ」に出てくる宇宙船「ミレニアム・ファルコン」をかたどった皿(ライトセーバー型のようじ付き)があるかと思えば、映画「ロード・オブ・ザ・リング」に出てくるガンダルフや、アニメ「ザ・シンプソンズ」のホーマー・シンプソン、はたまたウォルト・ディズニーの頭部をかたどったものまである。
こうした製品作りに興ずるファンたちは、プロレベルの正確さに到達するまで、仲間同士でデザインを精査し合う。そして、映画会社が商品化するより早くニーズに応える。「スター・トレック」に出演していた俳優レナード・ニモイが2月に亡くなった際には、あるファンがその日のうちにファイルをアップロードした。彼の演じる「スポック」がトレードマークであるハンドジェスチャー(バルカン式あいさつ)をする像をプリントするのに使えるファイルだ。
3Dプリントという生まれたてのこの市場には、ハリウッドで最も重要なドル箱の1つを侵食する潜在性がある。
ドリームワークス・アニメーションSKGは、消費者向け製品部門を創設したが、それは映画の業績がふるわないときに売り上げを後押しする役割を担う。消費者向け製品はまた、ヒット映画から何年にもわたり利益を生み出すことができる。例えば、ディズニーの2015年第2四半期の消費者向け製品の売上高は前年同期比10%増の9億7100万ドルだった。それは、「アナと雪の女王」が公開されて1年半以上たっても、関連玩具が好調なことが主因だった。ドリームワークスとディズニーの広報担当者はともに、インターネットで入手可能なファン自作の製品に関するコメントを差し控えた。
これまでのところ、ハリウッドは3Dプリントのファンに対して法的措置に出ることを回避している。音楽業界がインターネットで曲を共有したファンを提訴したときに生じた副次的な影響が再現することのないよう慎重に対応している。
大手映画会社の一部の消費者向け製品担当幹部は、このトレンドを警戒しながら見守っていると話す。だが、どう対応すれば良いかは、必ずしも明らかではない。業界にはバイアコム傘下のパラマウント・ピクチャーズ、ディズニー傘下のマーベル・スタジオズ、それにタイム・ワーナー傘下のワーナー・ブラザーズなど、公認の3D設計図を公表して、新作の公開前にファンによる製作を促している企業もある。
ライセンス・ビジネス事業者協会(LIMA)のマーティー・ブロシュスタイン上級副社長は、「管理をしながらも、熱狂的なファンの邪魔はしないという綱渡りの状態にある」と話す。
本文章は『ウォール・ストリート・ジャーナル』から転載されたものです。