元祖Appleとの争い、商標権は商標だけでは決まらない
2017/07/11 国際こんにちは。弁理士の富澤です。前回は米Apple社が出願した「手巻き式Apple Watch」関連の発明をネタに、「特許」の基本的な仕組みをお話ししました(関連記事「特許取得だけが特許出願の目的じゃない」)。今回は引き続き「Apple vs Appleの争い」に注目して、商標の仕組みを解説していきます。
争いの一方の当事者はもちろん、本連載のネタ元である米国のApple社。そして、もう一方は20世紀最大のロックバンド「Beatles」が1968年に設立した英国のApple Corps(アップル・コア)です。こちらはレコードレーベル「Apple Records」を所有し、主に音楽関連事業を手掛けています。
この2社には、古くから「Apple」の商標権についての争いがありました。Apple社は1970年代後半に設立されましたが、早くも1980年前後にApple Corpsが商標権侵害の訴えを起こしています。このとき、両者は「Apple社がApple Corpsに和解金を支払う」とともに「Apple社はApple Corpsの本業である音楽関連の事業に『Apple』という商標を使わない」という和解条件で合意しています。
Apple社のパソコンであるApple IIやMacintoshは、1980年代から音楽制作に広く使われていました。Apple社ではそうした需要に向けて1980年代後半、MIDI機能やサウンドチップを内蔵した音楽制作用PCの開発を検討しました。しかし1989年、以前の和解条件に反しているとApple Corpsから訴訟を起こされ、開発を断念したと言われています。
その後、ご存知の通りApple社は2001年に携帯音楽プレーヤー「iPod」を発売、続いて2004年に音楽配信サービス「iTunes Music Store」の運営を開始します。これらは明らかに音楽関連事業であり、和解条件に反しています。このときもApple CorpsはApple社を訴えています。
結論を先に言えば、iPodやiTunes Music Storeについての商標権の争いは2007年に決着し、最終的に「Apple Corpsがこれまでどおり音楽関連の商標権を持つ」としたうえで「Apple社がApple Corpsの許諾を得て『Apple』の名称を音楽関連で使用する」というかたちに落ち着きました。Apple社が商標使用のために支払う金額など、和解条件の一部は非公開となっています。
三次元キャラや色彩も商標として登録できる
商標制度も特許制度などと同様、権利を保有している方が優位に立ちます。Apple社には、音楽関連事業に限定して「Apple」以外の名称を使うという選択肢もありました。しかし、コンピューター事業で既に一流のブランドを確立していた同社にとって「Apple」以外の名称は考えられなかったのでしょう。Apple社のように既に成功している領域以外の分野に進出する企業は少なくありません。その場合、知名度や信頼性の面で既に確立した価値を持つ商標を新たな分野でも使いたいのは当然です。
Apple社はコンピューター機器の開発・販売事業などに関しては、相応の商標権を持っていると思われます。それでもApple Corpsが持つ商標権がビジネスの障害となってしまいました。Apple社はコンピューター分野で使っていた「Apple」という商標を、なぜ音楽事業でそのまま利用できなかったのでしょうか。
実は商標権には、大きく2つの要素があります。1つは「商標」、もう1つは「商品または役務」です。まずは「商標」から見ていきましょう。
商標とは、図形、文字、または図形と文字の組み合わせというのが一般的です。文字というのは名称そのもの、図形とはデザインされたロゴやイラストのようなものをイメージしてもらえばよいでしょう。
図形や文字以外に「立体商標」というものもあります。読んで字のごとく、立体的な商標です。例えばカーネルサンダース像や不二家のペコちゃん人形などが立体商標として登録されています(商標登録第4153602号、第4157614号ほか)。面白いところではファミリーマートの店舗の外観も立体商標として登録されています(商標登録第4163371号ほか)。Apple社も、iPadのカバーを立体商標として日本で登録しているようです(商標登録第5609337号)。
平成27年4月からは「新しいタイプの商標」として、色彩のみからなる商標、音響商標、動きの商標、位置商標、ホログラム商標を登録できるようになりました。色彩のみからなる商標は色や色の組み合わせ、音響商標はメロディーなどの音、動きの商標はアニメーションのような動き、位置商標は図形などを付ける位置、ホログラム商標は見る角度による変化、をそれぞれ商標として登録できます。
例えば、色彩商標としてはトンボのMONO消しゴムの三色カラー(商標登録第5930334号)などが、音響商標としては大正製薬の「ファイトー/イッパーツ」(商標登録第5804565号)などが既に登録されています。
商標制度の基本的な考え方は、その商標によってその商品やサービスの提供者が誰かを識別できることです。従来は文字や図形のみを対象とした商標制度も、時流に合わせて、色彩や音響にも対応しているのです。
なお、海外には「匂い」の商標といったものもあります。例えば香水のように、その香りによって誰の商品か分かるようなものに商標権が認められているのです。日本では匂いの商標は認められていません。これは、香りでものを区別する文化が日本にはそれほど根付いていない、ということかもしれません。
このように、現代では様々な形態の商標について、商標権を取得することが可能となっています。文字や図形に比べると新しいタイプの商標の登録のハードルはまだ高いようですが、ご自身のビジネスを表すよい「目印」をお持ちの方は、文字や図形以外の商標登録も検討してみてはどうでしょうか。
商標は「商品または役務」ごとに登録される
さて、商標権の2つの要素に話題を戻しましょう。商標とともに商標権を構成するもう1つの要素は「商品または役務」です。役務というのは端的に言えばサービスのことです。つまり、商標をどの商品やどのサービスに使用するのか、ということが商標権の要素の1つとなります。
商標制度とは、市場で提供される商品やサービスの提供者が誰なのかを示す商標を保護するためのものです。「商品または役務」とは、その商標がどの商品やサービスに使われるのかを明示するものとなります。
商標法では「同一または類似の商標については商標登録できない」としていますが、それは「指定した商品または役務も同一または類似」の場合です。つまり、名称などの「商標」が同一(または類似)であっても、その商標が使われる商品やサービスが近いものでなければ、すなわち「商品または役務」が異なれば、それぞれの「商品または役務」ごとに商標登録できるのです。
よい例が、アップルインターナショナル傘下で中古車販売業者のフランチャイズチェーン「アップル」を運営するアップルオートネットワークです。同社は「商品または役務」に自動車の競売の運営サービスなどを指定して、「Apple」を商標登録しています。この例からも分かるように、すでに登録された商標であっても商品や役務(サービス)が異なれば、商標登録することができます。商標だけを見て、最初からあきらめる必要はありません。要は、権利者が宣言した商品やサービスと紛らわしい分野でなければ、同じような商標を使うことができるのです。
逆に言えば、Apple社がコンピューター機器の分野で持っていた商標「Apple」を音楽事業で使用できなかったのは、Apple Corpsの商標「Apple」と「商品または役務」が重なっていたからです。
勘の良い方であれば、商標登録する際により多くの商品やサービスを「商品または役務」として指定すれば、商標権の有効範囲を拡げられると気づかれたかもしれません。しかし、指定する商品やサービスを増やすと、その分、商標登録のために特許庁に納付する料金は上がってきます。実際に商標を使っていない商品やサービスについて、他者の申し立てによって商標登録が取り消されるというリスクも発生します。
このため、商標登録出願をする場合には、商標の「商品または役務」は、本来目的とする商品、サービスおよび関連する範囲くらいに絞るのが一般的です。
一般的な名称は商標権を獲得できない
もう1つ、商標権にはモノの一般的な名称を登録できないという制限があります。例えば、Apple社が果樹栽培事業に乗り出してリンゴやリンゴジュースを販売するとします。このとき、リンゴやリンゴジュースの商標として「Apple」は登録できません。リンゴやリンゴジュースで「Apple」という商標権が成立してしまうと、スーパーマーケットの店頭で、リンゴやリンゴジュースに「Apple」と表示できなくなってしまう、あるいは、商標権者に許諾料を払わなければならなくなるからです。
同じように、商標法では「産地などの地名を表す」「他人の業務と紛らわしい」「品質の誤認を生じさせる」「他人の商標の名声に不正に乗っかろうとする」などに該当する商標は登録できません。
数カ月前、「PPAP」の商標登録出願がなされたことが話題となりました。PPAPといえば、芸人「ピコ太郎」が踊りながら演じる姿をYouTubeに公開し、世界的に流行した動画(リズムネタ)のタイトルです。上記の条件でいえば、「他人の業務と紛らわしい」「他人の名声に不正に乗っかろうとする」に該当しますから、おそらく特許庁の審査で拒絶されることでしょう。
商標についてのチャイナリスク
さて、ここまでは日本の商標制度についてApple社の事例を交えて説明してきましたが、最後に中国の商標事情についてお話します。
昨今の中国では商標権の売買が盛んに行われており、売買サイトなどもあるそうです。そこには日本で見たことのあるような、一般的な名称が数多く並んでいます。例えば「今治」や「讃岐」などの地名も商標として登録されていて、その地域の行政組織や団体が中国での商標登録を無効にするのに苦労をしているそうです。
今治も讃岐も日本では地名として有名ですが、中国においては地名としての考慮はありません。おそらく、形式的な審査を経て、商標登録されたのでしょう。このように、日本でなら商標登録されることのない商標であっても、中国商標局(日本の特許庁に相当)が商標登録を認めてしまうことがあるのです。
中国で顕著ですが、こうした事情は他の国にも当てはまります。外国(特に中国)への進出を計画している場合には、できるだけ早めに商標登録を検討するのがいいでしょう。
本文章は『日経テクノロジーオンライン』から転載されたものです。